2009年8月14日金曜日

容疑者の子供

酒井容疑者に関して、当然のことながら色々な批判がメディアから流されています。
同じ年ごろの子供を持つ母親からは
「子供が可哀そう、なぜ子供のことを考えなかたのか」
というごく自然と思える感想が多く伝えられています。
こうした中に
「子供が苛めに会うのが可哀そう」
というのも少なからずあるようです。

しかし、この意見の裏には
「苛めにあうのは必然、(あるいは当然)」
というニュアンスを私は感じてしまいます。

確かに苛めにあって、本人がつらい思いをすることが予想されます。
それならば何故、もう一歩踏み込んで
「学校や同級生の親が、一致協力しあって、苛めの発生を防がなければならない」
という意見が出てこないのでしょうか?。
逆に、
「あの子と同じクラスにさせたくない」
というアホな親まで出てくる懸念もあります。

この子の学校や同級生の保護者に、やるべきことがあると思います。
子供に何の罪もありません。
せめて学校では、これまで通りの生活を送らせてやって欲しいと思います。



2 件のコメント:

Ashgarden さんのコメント...

学習指導要領の枠に収まり切らない子たちを特殊学級に押し込めたり、問題児としてカウンセラーに丸投げしてしまう教育者側の姿勢が生徒・児童や保護者をも洗脳してしまうからでしょうか。

newton-kobe さんのコメント...

灰庭さん コメントありがとうございます。

この子に必要なのは、特殊な施策ではなく、
他の子といつもどおり、声をかけ合い、いつもどおり一緒に遊ぶ環境を維持してあげることだと思います。

決してやさしいこととは思いませんが、せめて学校ではしっかり実践してほしいですね。