【夜明け前拾い読み-30】
鳥羽伏見の戦いを制し、何とか新政府の足場を築いた新政府は「攘夷」を捨て外国公使(英・仏・蘭)に対し、天皇の謁見を認めました。直前に勃発した神戸・三宮事件(備前藩士による外国人襲撃)、堺・旭茶屋事件(土佐藩士による外国人襲撃)に見るように以前攘夷の熱は収まりそうもなく、ましてや公使京都入府から天皇謁見となると京都市中は大変な騒ぎとなりました。しかし外国受け入れは時代の流れとして避けられない情勢ではありました。新政府から護衛と手引きの命を受けた小松帯刀らの官吏も決死の思いで任務に当たったことでしょう。
以下本文より抜粋しました。
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いよいよその日の午後には、新帝も南殿に出御して各国代表者の御挨拶を受けさせられる、公使らの随行員にまで謁見を許される、その間には楽人の奏楽まである、このうわさが人の口から口へと伝わった。新政府の処置挙動に不満を抱くものはもとより少なくない。こんな外国の侵入者がわが禁闕の下に至るのは許しがたいことだとして、攘夷の決行されないのを慷慨するものもある。官吏ともあろうものが夷狄の輩を引いて皇帝陛下の謁見を許すごときは、そもそも国体を汚すの罪人だというような言葉を書きつらね、係りの官吏および外国公使を誅戮すべしなどとした壁書も見いだされる。腕をまくるもの、歯ぎしりをかむものは、激しい好奇心に燃えている群集の中を分けて、西に東にと走り回った。三条、二条の通りを縦に貫く堺町あたりの両側は、公使らの参内を待ち受ける人で、さながら立錐の地を余さない。
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