2007年7月16日月曜日

ポータルサイトの社会性

今から12年半前の阪神淡路大震災の時、私は愛知県に住んでおり神戸の実家の状況を案じていました。
しかしテレビ新聞で報道されるのは現地の被災状況や炊き出しの報道ばかりで、
「現地の地域ごとの詳細」や「現地のある地域に行き着くにはどうすればよいか」
といった報道は皆無で、マスコミの限界を痛感していました。

当時、私はニフティのサービスを受けていました。まだインターネットではなく、所謂「パソコン通信」というもので、ニフティにホストコンピュータを置き電話回線を通じてジャンル毎に分類された掲示板にアクセスするものでした。
震災が発生して間もなく、専用の掲示板が立ち上げられ、現地ならではのきめ細かな情報や現地への問合せと返答など当時としてはおびただしい数の書き込みが連日アップされていました。

私も神戸の実家までたどり着く術はないか問合せをしたところ、まもなく以下のような返答がありました。
返答いただいたのは確か神戸大の学生さんだったように思います。
①阪急は西宮北口まで電車が走り
②夙川までは南側の道を通り
③夙川からはひたすら線路を歩くと行ける
翌日実際にこの行程で実家にたどり着くことができました。

このときにネット社会の凄さを実感し、その後のインターネット社会に踏み込む十分過ぎる程の動機となりました。

あれから12年半が経過し、インターネットが発達し、今では写真や動画までも簡単にアップできるようになりました。
ところが...
今回新潟地震が発生した後、国内の主だった日本語ポータルサイトのトップページを見たのですが
いずれも何事も無かったようにいつもどおりの画面が現れました。
地震のことは部分的に掲載されていましたが、いずれも他のニュースサイトにリンクを貼った二次情報でしかありませんでした。
Goolgle、Yahoo、@NIFTY、goo、はてな、Infoseek、MSN、mixi...
どれもコレも12年前にニフティが提供したようなサービスは見受けられませんでした。

専用ブログやコミュを一つ立ち上げるくらいなんでもないように思いますがね。
・携帯等私的通信手段が発達して必要ないと感じたのか
・利益優先ですでに社会に認知されており、社会的貢献は無益だと感じているのか
・こういうことさえ思い浮かばなかったのか

12年間走り続けた技術進歩の影で、ここでも何か大事なものを置き忘れてしまったような気がしています。

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