2009年12月16日水曜日

天皇と政治

日本の歴史の推移の中で天皇が持つ重要性は十分に認められるものだと思います。
しかし、それが現代日本で同じような重要性があるかと言えば、
「そうではない」というのが私の考えです。

特に戦後、「民主」主義という政治体制をとってからは、
天皇の持つ政治的意味合いは極めて薄れてきていると思います。
「君主」ではなく「民主」なのですから。
しかし日本国憲法の中では「象徴天皇」とか「天皇の国事行為」とかという「あいまい」な形で天皇に関する規定が残されてしまいました。

個人として天皇や天皇家を心の拠り所にすることに対しては、全く否定もしませんし、
私自身も多くはありませんが、そういう部分が心の中に残っているのも事実です。
しかし、この感覚は「政治」というよりも「宗教」的なものではないでしょうか。

「宗教」と「政治」というものは峻別しなければ、ろくなことはない。
というのは歴史が証明していると思います。
憲法というのは政治の「最たるもの」です。
ここに天皇が登場するのは、本来矛盾を内包するものであると思います。

今回の中国副主席と天皇の会談に関する、小沢氏の発言も
まさにこの矛盾を突いたものであるように思います。
憲法に天皇の国事行為の規定がなければ、小沢氏の論理も直ちに破たんしてしまいます。

いつ誰に会うかは天皇ご自身が決めればよいと思うのですが、
憲法の規定にある以上、時の政権が口を挟む余地が出てきます。

このことは天皇の権限が衰退した平安後期以降、繰り返し
「天皇の政治利用」という形で歴史に表出していることです。
今回の民主党のゴリ押し面談もその一つではないでしょうか。

現代日本では天皇と政治は完全に切り離すべきと考えます。