2025年1月16日木曜日

【夜明け前拾い読み-19】

現役を辞した父親に代わって本格的に取り組み始めた庄屋・本陣という主に武家のための仕事と国学者と言う勤皇派に近い立場との矛盾・軋轢を感じ始めていたようです。

以下本文抜粋しました。()内は私の注釈です。

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「お民、おれのお母さんが亡くなってから、三十三年になるよ。」 と彼は妻に言って見せた。さびしい雨の音をきいていると、過去の青年時代を繞(めぐ)りに繞ったような名のつけようのない憂鬱がまた彼に帰って来る。 お民はすこし青ざめている夫の顔をながめながら言った。「あなたはため息ばかりついてるじゃありませんか。」「どうしておれはこういう家に生まれて来たかと考えるからさ。」 お民が奥の部屋の方へ子供を見に行ったあとでも、半蔵は囲炉裏ばたを離れなかった。彼はひとり周囲を見回した。遠い先祖から伝えられた家業を手がけて見ると、父吉左衛門にしても、祖父半六にしても、よくこのわずらわしい仕事を処理して来たと彼には思わるるほどだ。

(中略)

地方自治の一単位として村方の世話をする役を除いたら、それ以外の彼の勤めというものは、主として武家の奉公である。一庄屋としてこの政治に安んじられないものがあればこそ、民間の隠れたところにあっても、せめて勤王の味方に立とうと志している彼だ。周囲を見回すごとに、他の本陣問屋に伍して行くことすら彼には心苦しく思われて来た。

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