【夜明け前拾い読み-26】
主人公(半蔵)は伊那で久しぶりにかっての同志(国学)と深く交流し、宣長・篤胤の教えに新たなる想いを抱きました。しかし私としては現実から離れた日本民族内でしか通用しない理想論というもどかしさを感じます。欧米社会とともにこの理想をともに共有するのは不可能で欧米から日本社会を守る「防衛力」が必須と思うからです。
欧米の軍事力で痛手を被った薩摩長州はいち早く欧米式の武器を手にし、さらには自ら製造することに意を注ぎ近代式軍事訓練を学ぶため欧米に使者を派遣しています。そしてこの軍事力で戊辰戦争を圧勝で終わらせ、その後欧米の植民地に堕ちることも回避できました。
ただ国学の理想からは大きく逸脱し、廃仏希釈のような誤った政策により日本民族の精神的誇りも失う結果になったように思います。現代に大きく飛躍しますが故安倍元総理はこの二つを同時に実現しようと試みたように思います。
以下本文抜粋しました。
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この新しき古は、中世のような権力万能の殻を脱ぎ捨てることによってのみ得らるる。この世に王と民としかなかったような上つ代に帰って行って、もう一度あの出発点から出直すことによってのみ得らるる。この彼がたどり着いた解釈のしかたによれば、古代に帰ることはすなわち自然に帰ることであり、自然に帰ることはすなわち新しき古を発見することである。中世は捨てねばならぬ。近つ代は迎えねばならぬ。どうかして現代の生活を根からくつがえして、全く新規なものを始めたい。そう彼が考えるようになったのもこの伊那の小さな旅であった。
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#夜明け前
#島崎藤村

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