【夜明け前拾い読み-27】
筑波から怒涛に勢いで西上した筑波尊攘派は加賀藩に一旦手厚い保護を受け武器も引き渡したが、最終的には幕府総督田沼玄蕃頭に引き渡され敦賀にて幹部以下大量の死罪処分を受け事件は終了しました。
以下本文抜粋しました。
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「水戸の人たちも、えらいことになったそうだね。」 それを半蔵が言い出すと、浪士ら最期のことが、諏訪の百姓の口からもれて来た。二月の朔日、二日は敦賀の本正寺で大将方のお調べがあり、四日になって武田伊賀守はじめ二十四人が死罪になった。五日よりだんだんお呼び出しで、降蔵同様に人足として連れられて行ったものまで調べられた。降蔵は六番の土蔵にいたが、その時白洲に引き出されて、五日より十日まで惣勢かわるがわる訊問を受けた。浪士らのうち、百三十四人は十五日に、百三人は十六日に打ち首になった。(中略)「お前は小荷駄掛りの亀山嘉治のことを聞かなかったかい。あの人はわたしの旧い友だちだが。」「へえ、わたくしは正武隊付きで、兵糧方でございましたから、よくも存じませんが、重立った御仁で助けられたものは一人もございませんようです。(中略)先月十七日以後のこともすこしは存じておりますが、十九日にも七十六人、二十三日も十六人が打ち首になりました。」「とうとう、あの亀山も武田耕雲斎や藤田小四郎なぞと死生を共にしたか。」 半蔵はお民と顔を見合わせた。
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