【夜明け前拾い読み-23】
幕末における水戸藩は佐幕派の総本山という印象をもっていたのですが、ここでも佐幕・尊攘の激しい戦いがあったようです。藩内では佐幕派が勝利し尊攘派は大挙して西へ大移動し、移動中の街道筋にも大混乱を引き起こしています。小説は何故かこの道中にかなりの紙面を割いています。
以下本文抜粋しました。
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水戸ほど苦しい抗争を続けた藩もない。それは実に藩論分裂の形であらわれて来た。もとより、一般の人心は動揺し、新しい世紀もようやくめぐって来て、だれもが右すべきか左すべきかと狼狽する時に当たっては、二百何十年来の旧を守って来た諸藩のうちで藩論の分裂しないところとてもなかった。水戸はことにそれが激しかったのだ。『大日本史』の大業を成就して、大義名分を明らかにし、学問を曲げてまで世に阿るものもある徳川時代にあってとにもかくにも歴史の精神を樹立したのは水戸であった。彰考館の修史、弘道館の学問は、諸藩の学風を指導する役目を勤めた。当時における青年で多少なりとも水戸の影響を受けないものはなかったくらいである。いかんせん、水戸はこの熱意をもって尊王佐幕の一大矛盾につき当たった。
(中略)
湊の戦いで、大炊頭が幕府方の田沼玄蕃頭に降るころは、民兵や浮浪兵の離散するものも多かった。天狗連の全軍も分裂して、味方の陣営に火を放ち、田沼侯に降るのが千百人の余に上った。稲右衛門の率いる筑波勢の残党は湊の戦地から退いて、ほど近き館山に拠る耕雲斎の一隊に合流し、共に西に走るのほかはなかったのである。
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